東京高等裁判所 昭和30年(ネ)1951号 判決
前記のとおり控訴人等が家賃を日割計算を以て支払い、また控訴人本郷は敷金の返還を受けた事実からすれば、控訴人等と右川村との間においては、本件家屋の改修にあたつて一応従来の賃貸借を解約する旨の合意が成立したものと認められるのであつて、控訴人等主張のように従前の賃貸借がそのまま存続しているものと認めることは当を得ない。しかしながら、前認定のとおり控訴人等は本件家屋から立ち退くに際して、兼吉の求めにより畳建具類を向い側の知人宅に預けたり、また自己名義の水道専用栓をそれぞれそのままにしておいたし、控訴人瀬端はその加入電話の設置場所を本件建物へそのまま残しておいたこと、及び都会地において賃借人が賃貸人の要求に応じて賃借家屋を終局的に明け渡す場合には、賃貸人において立退料等の名義を以て補償をすることが少くないことは公知の事実であるのに、本件においては、このような立退料等の授受がされていないことは、弁論の全趣旨から窺われること、そして前記のとおり賃貸人川村が本件家屋改修後は控訴人等にそれぞれ従前の賃借部分を再び賃貸することを言明していた事実を綜合して考察すると、本件の前記賃貸借解約の合意は単純無条件のものでなく、右解約の合意が行われた際、本件家屋改修後はそれぞれ従前の賃貸部分につき控訴人等に対し相当賃料額により賃貸する旨の賃借人の一方の予約が成立したものと認めるのが相当である。従つてこの場合賃借人は家屋の修理完成後予約完結の意思表示をなせば足り、これによつて賃貸借の本契約が効力を生ずるのであつて、家主に対し承諾の意思表示を求める必要のないことは、民法第五百五十九条、第五百五十六条の規定に徴して明らかである。
ところで、本件家屋改修後控訴人等は家主に対して新家賃額その他について折衝をしたこと前認定のとおりであるから、これによつて控訴人等は前記予約完結の意思表示をしたものと認められるのであつて、たとえ新家賃の数額について具体的に未だ協定が成立するに至らなくても、客観的に確定しうべき相当賃料額を以て賃貸借の本契約が効力を生じたものと認めるに何等のさまたげなく、もし相当賃料額について当事者間に争があれば、結局において裁判所の判定を受ければ足りるのである。してみると、被控訴人は贈与により父兼吉から本件建物の所有権を取得すると同時に賃貸人たる地位を承継したものというべく、控訴人等はそれぞれ本件建物について本件仮処分の被保全権利を有すること明らかである。
(浜田 仁井田 伊藤)